釧路一之宮 厳島神社

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釧路厳島神社の外観写真

境内の様子

境内の配置図

バス停を降りてすぐに表参道入り口がございます。
参道入口には左に縣社厳島神社(献昭和十一年 氏子総代渡辺藤七)、右に釧路護国神社の社号碑。御神灯(昭和四十九年十一月 佐藤順一)。

一の鳥居(昭和二十四年千野秀松)を通ると左に手水舎、右の社務所寄りには文政十年、領主米谷孫兵衛・万葉丸長吉の銘の小ぶりの手水鉢が保存されております。

拝殿広場には石造、狛犬(庄司余衣)、鋼鉄造、狛犬(昭和六年 森儀八)が並びます。拝殿階の狛犬には元治二年七月十五日 願主請負人 佐野孫右衛門、支配人 工藤久五郎、通辞 吉田善助、帳役 木津屋徳二郎、惣番人中とあります。釧路市内にある江戸期の石造遺物は当神社境内のみで参拝者に親しまれています。なお、現拝殿は昭和二十七年に造営された「神明造」(しんめいづくり)です。

●兼務神社のご案内
釧路町遠矢の釧路神社、別保の別保神社の例祭、他各種のお祭り・お参りのお世話もしております。


境内の見どころ

【社号碑と一の鳥居】 【龍神祠】 【本殿写真】 【摂政宮殿下行啓記念碑】

大正十一年七月十七日の行啓を記念して建立されました。

【文政十年 手水鉢】 【稲荷祠】 【境内裏手の高台】

昭和天皇が昇られて海を眺めました

【絵馬掛けと本殿】 【護国神社】 【手水舎】 【明治天皇御製】
円空仏

【円空仏】
(観音菩薩坐像、北海道指定文化財・昭和五十二年三月指定)
円空(修験僧 1632~1695)は江戸時代初期の僧です。現在の岐阜県に生まれ、全国各地を遊行して多数の仏像を彫りました。 従来の仏像の決まり事にしばられない個性的な円空の仏像は「円空仏」と呼ばれ、昭和30年代に木彫りとしての評価が一気に高まりました。
円空は寛文6年(1666)から翌7年頃に北海道に滞在しており、現在約40体の円空仏が道内各地で発見されています。

厳島神社の円空仏は、台座の背面部分に『くすりのためごんげん』と彫り込まれ、また墨で『本地観世菩薩(ほんじかんぜぼさつ)』と書き込まれています。 この仏像は円空自身が釧路まで来て彫ったのではなく、現在の豊浦町礼文華(れぶんげ)の噴火湾に面した洞窟の中に他の円空仏とともに置かれていました。それが寛政11年(1799)に幕府の役人、松田伝十郎の手によって当時『くすり』と呼ばれていた釧路に移されたのです。 『くすりのたけ』という山の神の本当の姿として観音菩薩の像を彫り、山の神を鎮めることを願ったのでしょう。
日本で最も東に伝わってきた円空仏として、また神と仏の関係についての円空の考え方を伝えるものとして、貴重な文化財です。

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